お仕事ファイル 第9回

ヤクルトスワローズ 打撃投手兼スコアラー
西沢 浩一
にしざわこういち・第5期生

第9回目は、現在もヤクルトスワローズで活躍する西沢浩一さん。インタビューは2005年ペナントレース終盤の10月10日、神宮球場クラブハウスで行われました。進路希望に「プロ野球」と書き続けた西沢さんの楽しい野球人生です。
(取材2005.10.10岩井+黒澤+細井+杉山)


まずは西沢さんの仕事内容を教えてください

肩書きはヤクルトスワローズ打撃投手兼スコアラーです。ホームグラウンドの神宮球場で試合がある時は毎日練習があり、試合前の練習では打撃投手、ゲームが始まるとスコアラーになります。昔は紙に記録していましたが、今はパソコンに入力して行きます。基礎となるデータを取り、分析するのが仕事です。


野球はいつから始めたのですか?

本格的に始めたのは高校の時からです。中学時代はハンドボール部でした。父親がノンプロの野球選手だったので本当は野球をやりたかったのですが、中学には野球部が無かったんです。

高校を出た後すぐにスワローズに?

先輩の三森さん(3期生)がクラブチームをやっていて、軟式を硬式にレベルアップしようとしていました。それで「おまえ来ないか?」と誘っていただき、しばらくは仕事しながら軟式野球をやっていました。そうこうしているうちにヤクルトのスカウトが来て、ドラフトで指名されたんです。

 


ドラフト指名なんてすごいですね

都立高校野球部出身選手のドラフト指名は確かに少ないですね。高校時代ノーヒットノーランをやって多少派手だったし、左投げなので採られたのでしょう。 

ヤクルト入団後は?

現役で9年やって、その後はずーっと今の仕事です。現役時代は楽しかったですね。寮生活で日常が野球ばっかり。野球大好き!という感じでしたよ...最初の頃はね(笑)。でもプロは結果を出さないといけない。白黒はっきり出ちゃう。

現役9年間の成績は?

1軍ではそんなに投げてないですね。公式戦は7試合か8試合。春先のオープン戦で1軍登板し、シーズンが始まって少したつとファーム(2軍)に行って、ケガ等で誰か居なくなったら途中で上がって、1ヶ月くらいしてまたファームにという感じでした。でも照明のあたるグラウンドの真ん中は気持ちいいですよ。緊張するというより気持ちいいです。声援をもらうとより集中できるんです。


現役引退後は?

打撃投手兼スコアラーになりました。打撃投手というのは球威とかスピードは要求されません。必要なのはコントロール。要求されたコースに、いかに打ち易い球を投げるか、というのが重要なんです。他球団では45歳とか50歳すぎてる人もいますよ。スコアラーは10人以上います。先乗りスコアラーと言って次の対戦相手の試合を視察する人が3人、僕のようにユニフォーム着たスコアラーが3人、現場の記録係が2人にカメラ担当も2人います。

身体を動かす仕事で故障とかケガはありませんか?

ありますね。ギックリ腰とか...歳取ってくると大変(笑)。運動選手でもギックリ腰はあるんですよ。特別なトレーニングはしていませんが、故障やケガには常に気をつけています。これからまだまだ野球を続けるつもりですから。

ヤクルトスワローズ一筋の理由は?

現役も含めてヤクルトスワローズには23年います。一筋の理由は...スワローズに入ってしまったからじゃないですか(笑)。東京にいられるのはいいですね。野村監督時代に在阪球団からのトレード話もあり「戦力外だからおまえどこかでやってみないか」とも言われました。自分でもできるなと思ったのですが、ヤクルト辞めるくらいなら現役引退しようと...その頃には愛着がありましたからね、ヤクルトに。


高校時代はどんな生徒でしたか?

勉強はあまりしませんでしたね(笑)。野球ばっかやってました。あの頃は高校のグラウンドが使えなくて、山の中の安宅グラウンドで練習してました。でもその方が思い切り練習できて良かったです。当時の監督は三條先生でした。三條先生はやさしかったのですが、3期生が厳しかったですね。1期、3期、5期が厳しかったんです。1期生が3期生を鍛え、3期生が5期生を鍛えました。そのおかげかヤクルトに入って最初のキャンプの練習なんか全然きつくなかったですよ。甲子園に出た強豪高校の同期なんかが結構バテてましたけどね。ムサムラの方が練習が厳しかったようですよ。

プロに入るには勇気が必要だったと思うのですが...

高校に入学した時から社会人野球かプロ野球に入ろうと思ってたんで、常に将来の夢とか進路希望に「社会人野球」「プロ野球」って書いてたんですよ。先生にはバカじゃないかって言われました(笑)。でもそれしか見ていなかった。成れるんだって思い、そのために何をしたら良いか考えてました。都立なんでそんなに強くないから練習試合を私立の強いところとやってくれと頼んでましたね。そこでいい試合をすれば相手の監督に見られて話題になる。それでいろいろ雑誌に載ったりとかしました。高校時代は派手なノーヒットノーランとか、完封とかやりましたね...まあたまたまできたから良かったんですけどね。


若い同窓生達にメッセージを

やりたいことを早く見つけて、それを目指して何かやってもらいたいですね。一歩を必ず踏み出してみる。やればなんとかなる。失敗したら失敗したでまあしょうがない...ってことはないけど、何かは残るじゃないですか。だから一歩を踏み出さないでいるよりは、やっぱ一歩を踏み出した方がいい。必ずできると思いますよ。大丈夫。



西沢浩一さんプロフィール

高校時代は野球部で大活躍。ノーヒットノーランも記録し注目を集める。1982年社会人野球新英電工を経てヤクルトスワローズにドラフトで入団。現役を9年間続け、イースタンリーグでは84年と86年にチーム最多勝利。

現在は打撃投手兼スコアラー。背番号98。